勉強に一生懸命な学生時代でした。英文科に在籍して、みっちりと英語漬けの日々を過ごしました。でも、学業の合間を縫って課外活動にも熱中しました。中学生時代からオーケストラでフルート奏者をしていましたが、大学時代はOGとして後輩の指導をしたり、料理教室や野球場でアルバイトをしたり。地元が愛知で中日ドラゴンズファンなので、ナゴヤドームで働いていました。
困った人をたくさん助けたい、そういう思いで入社し、損害サービス部門で社会人生活をスタートさせました。仕事では、交渉、説得の難しさを実感。お客さまからお叱りを受ける場面もあり、どうしたら早く、気持ちの良い示談ができるか考えながら試行錯誤していました。同期で優秀な子がいて、彼女と失敗例を共有したり、励まし合ったりしながらやれたのが大きかったですね。それに、優しく教えてくれる上司にも恵まれました。交渉経緯の録音を聞いて自分なりに分析して、話法もマネしながら学びました。
尊敬する上司にはいろいろなことを学びました。周りからは上司の名前をもじって「青木シスターズ」なんて呼ばれていたほど、影響を受けていました。
当時は、「OJTノート」を積極的に記入していました。これを上司や先輩に見てもらって、コメントをもらっていたのですが、その内容がいつも励みになっていました。
3年ほど経つと、一通り業務をこなせる自信もつきました。日々の業務に加えて「いくプロ」という委員会にも参加したことで、仕事をこなすだけでなく「どうしたらお客様の満足度を上げながら、効率的にやれるか」を考えるようなマインドに変わりました。そうした影響もあり、次のステップに進みたいなと思うようになりました。
※いくプロ:顧客からのアンケートを分析して、社内のサービスの改善につなげる運動。
実は、自分の部署にはなかなか後輩が配属されず、周囲の同期が育成経験を積んでいく中で、焦りを感じていました。最初の部署で理想の上司に出会えたからこそ「いざ自分が育成の立場になったときに、同じように求められる役割を果たせるのだろうか」と、不安になることもありました。
初めて自分のチームを持って、後輩の育成に当たりました。入社したばかりの子も多く、新人向けに話法の研修など勉強会を企画・開催するなど、工夫して取り組みました。一方で、やや残業も多く非効率的な部分もある部署だったので、上司の「好きなようにやってみて」という心強いバックアップを得て、自分なりに効率化を進め、デジタル化の推進などを提案しながら進めました。結果、残業も減って体調不良になりがちだったメンバーの状況も改善。さらには在宅勤務がやりやすくなるなどの結果も残せました。
職場結婚をした夫が、転居を伴う異動となりました。「あいムーブ」という社内制度を利用すれば、同じ地域で働くことができると知って応募。ポストが空くのを待って、8年目の8月からは新天地に異動しました。
「あいムーブ」を利用して、先に夫が勤務していた営業所に異動。営業職を務めることになりました。もともと新しいことにチャレンジするのは好きなので、仕事が変わることにストレスは感じませんでした。営業部門では、損害サービス部門よりも自分で判断し行動することが多かったのも魅力でした。保険の「出口」を知っていること、お客さまと接していたことが、今の営業にも活きていると感じています。それに、過去に対応で苦労した経験を積んでいますから、ちょっとやそっとではくじけません!
地域によってお客さまの求める対応にも違いがあることを実感しました。以前の勤務地で求められなかった対応が、今の勤務地では喜ばれるなど、新たな発見もありました。
私自身は、いつでもポジティブだったと思います。置かれたポジションでやれることを探そう、と思っていました。実際、やりたいことは入社してから見つけましたし、今いるところで楽しみを探せるタイプです。
入社前から焦る必要はないです。いろんなキャリアパスをもつ人がいる会社ですから、もし目の前の仕事が自分に合わなくても、環境を変えて別の業務を続けることができます。安心してチャレンジしてほしいですね。
可能性は狭めない方がいいですよ!あなたも何にでもなれます。
まずは、営業として早く一人前になること。その後は正直、営業のままでも損害サービスに戻っても、どちらでもいいなと思っています。何をするにしても、この会社での仕事は楽しいですし。ひとつ将来像があるとしたら、自分が経験してきた損害サービス部門の知見を活かして、営業と損害サービス、保険の入口と出口をつなぐ「かけはし」になれたらいいなと思っています。
働き方を支える制度
結婚や配偶者の転勤、親の介護等でも、承認条件に合致すれば制度を活用してキャリアを継続することが可能
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