保険と最先端の
テクノロジーで
洋上風力発電の
未来を支える
海の上に並ぶ巨大な風車。再生可能エネルギーのひとつの柱として注目されている、洋上風力発電のシンボルだ。
その足元では、発電した電気を陸へ送る海底ケーブルが、海流の力や地形の変化にさらされ続けている。
ケーブルがひとたび損傷すれば、修理費だけでなく、発電停止による損失も大きい。しかも異常は海の底にあり、簡単には見つけられない。
保険に入れば、事故が起きた後の経済的な安心は得られる。
だが、事故そのものはなくならない。三井住友海上、MS&ADインターリスク総研、FullDepth社のチームは、水中ドローンを海へ送り込み、揺れる船上で検証を重ねた。
事故後の補償から、事故前の予防へ。洋上風力発電の未来を支える、新しい損害保険会社の仕事が始まった。
-
Chapter 01
新しいエネルギーとして
期待される
洋上風力発電。
そのリスクに挑む根本的なエネルギー問題を抱える日本として、洋上風力発電を推進していくなら、その挑戦を手助けするサービスをつくりたい。欧州の保険事故データから海底ケーブルの大きなリスクを捉え、国産水中ドローンを手掛けるFullDepth社の技術と結び付けた。
詳しく見る
Chapter 02水中ドローンで、
危険で高額な
海底点検を変える水中ドローンを活用し、人が潜って行ってきた危険な水中点検を刷新。映像やソナーのデータを分析し、詳細なレポートにまとめる。さらにこの取り組みには、地域で暮らす人々に新たな仕事や収入をもたらす可能性もある。
詳しく見る
Chapter 03最大の敵は、船酔い。
海上で挑んだ徹底検証船酔い、潮流、濁り、限られるバッテリー。幾多の困難が立ち塞がる中、検証と調整を重ねる。航路や撮影方法を調整し、失敗を次の実験に反映させる。正解のない現場で仮説と実証を重ね、サービス品質の向上を図った。
詳しく見る
Chapter 04海の底から広がる、
保険会社の可能性点検で事故を防ぎ、事業全体のコストを抑えて洋上風力発電の普及を支える。保険の枠を超えた挑戦は、港湾やインフラ点検へも応用可能だ。事故後の金銭的補償から事故前のリスク軽減へ、損保の可能性は未知の領域へと広がっていく。
詳しく見る
Introduction
洋上風力発電の見えないリスクを、水中ドローンで捉える
三井住友海上とMS&ADインターリスク総研は、国産の産業用水中ドローンを開発するスタートアップのFullDepth社と、2022年から洋上風力発電設備の損害予防サービスを共同研究。2025年10月、水中ドローン点検サービスの提供を開始した。
水中ドローンで風車の水中部分や海底ケーブルを調査し、得られたデータをリスク評価レポートとして提供する。保険会社が事故後の補償にとどまらず、技術と現場へ踏み込み、異常の早期発見と事故の予防を目指したプロジェクトだ。
Member
-
三井住友海上
ビジネスデザイン部伊藤 慎太郎
洋上風力発電のリスクとFullDepth社の技術を結び付け、プロジェクトの企画・立ち上げを推進。
-
まち未来製作所
三井住友海上ビジネスデザイン部付出向川上 将人
立ち上げ時からエネルギー統括として参画。FullDepth社との連携、部門間の調整、プロジェクト会議の進行を担った。
※プロジェクト当時 エネルギー統括
-
三井住友海上
船舶航空営業部 海洋エネルギー室山野辺 傑
発電事業者のニーズ調査、実証フィールドの調整、点検サービスの企画・検証、営業展開を担当。
※企画当初は船舶営業部海洋エネルギー室課長代理、のちビジネスデザイン部兼務
-
三井住友海上
海上航空保険部 船舶保険グループ大倉 直哉
2024年から参画。予算、契約、スケジュール、進捗を管理し、サービス提供開始までプロジェクトを支えた。
-
MS&ADインターリスク総研
リスクコンサルティング本部
リスクマネジメント第一部
リスクエンジニアリング第二グループ
グループ長鈴木 恭平
水中ドローンが取得した画像を基に、海底ケーブルのリスクを評価する点検レポートの設計・作成を担った。
※プロジェクト当時 リスクコンサルタント
-
MS&ADインターリスク総研
リスクコンサルティング本部
リスクマネジメント第一部
リスクエンジニアリング第二グループ
上席コンサルタント石長 賢一
現場立ち会いと報告書作成を担当。映像やソナーデータの品質、安定したサービス提供に必要な条件を検証した。
Chapter 1
新しいエネルギーとして
期待される洋上風力発電。
そのリスクに挑む
-
日本の発電電力量は、現在も火力が約7割を占める。2024年度の再生可能エネルギーは23.1%、うち風力は1.2%にとどまる。一方、政府は2040年度に発電電力量に占める風力の割合を4~8%程度とする見通しを示しており、今後の成長が期待されている。
※出典:経済産業省・資源エネルギー庁「総合エネルギー統計(2024年度確報)」および「第7次エネルギー基本計画」
特に注目されているのが、海の上に風車を立てる「洋上風力発電」だ。陸上よりも比較的風が強く安定している洋上では、大型の風車を設置しやすい。平地の面積が限られる日本でも、広い海域を活用できる。
-
では、なぜ損害保険会社が洋上風力発電に関わるのか。洋上風力発電は、風車を建てて終わりではない。巨大な設備を海の上で長期間稼働させる事業であり、建設中や運転中の事故、設備の故障、発電停止など、さまざまなリスクを抱えている。三井住友海上は、船舶や海上の石油・ガス施設などを長年保険で支えてきた。洋上風力発電も、こうした海上設備のリスクに関する知見を生かせる領域だった。
当時、ビジネスデザイン部で新事業の可能性を探っていた伊藤らの頭にあったのは、事故を減らすビジネスを「ゼロからつくりあげる」ことだった。なかでも洋上風力発電には、保険を売るだけではない関わり方がありそうだった。洋上風力発電の発展を手助けするサービスを開発したいという思いが、企画の起点になった。
-
洋上風力発電の導入が先行する欧州における、保険金の支払いに結びついた事故データを分析すると、風を受け止め回転する力に変えるブレード、回転を発電へつなげるギアボックス、そして発電した電気を陸へ送る海底ケーブルが、大きな損害につながりやすい箇所として浮かび上がった。特に海底ケーブルは損傷すれば、修理費に加え、発電停止による損失も膨らむ。事故が起きた後に保険金を支払うだけでは、設備そのものを安全にすることはできない。
もう一つの起点が、三井住友海上グループの投資先だったFullDepth社である。同社は、国内でも珍しい国産の産業用水中ドローンを開発していた。欧州の事故データと投資先の技術が重なったとき、伊藤らはリスクの高い3つの領域で損害予防策を検討。その中で、FullDepth社の技術を生かした海底ケーブル点検が、水中ドローンのプロジェクトとして真っ先に具体化した。海上のリスクを知る保険会社と、海中を調べるスタートアップ企業。まずは海底ケーブルの事故を防ぐサービスをつくる。プロジェクトは、そこから動き始めた。
-
伊藤慎太郎「海底ケーブルの点検では、ダイバーの人たちが潜って、状況を調査したり損傷箇所を補修したりと、危険な作業もあります。それなら、水中ドローンを活用してもっと安全に、もっと安価にできるのでは、と思ったのが始まりでした。」
-
「損保会社として、保険を引き受けるだけでは不十分。洋上風力発電プロジェクトのリスクそのものを減らしていくお手伝いができないかと考えました。」
山野辺傑
Chapter 2
水中ドローンで、
危険で高額な海底点検を変える
-
洋上風力発電を安定して続けるには、海底ケーブルの状態を定期的に確認しなければならない。ところが、詳しい調査には、特殊な船舶や大型の機器、潜水士の手配が必要になる。費用が大きいだけでなく、海底へ人が潜る作業には危険も伴う。点検の負担が重ければ、発電事業全体の採算性にも影響する。
そこで活用したのが、FullDepth社の小型水中ドローンだ。洋上風力発電事業は、地域の理解と協力なしには成り立たない。この機体は、協力を得た地域の漁船にも搭載できる。大型の専用船を長期間手配する場合に比べ、天候や海況を見ながら出航日を調整し、確認が必要な場所へ向かいやすい。船上では、カメラ映像やソナーの反応をモニターで確認しながら、風車の水中部分や海底ケーブルへ機体を進める。水が濁ってカメラで見通せない場所では、音波を使うイメージングソナーで設備の位置や周囲の地形を捉える。
-
ただし、映像やデータを発電事業者に渡すだけでは、点検サービスとはいえない。FullDepth社が取得したデータを、MS&ADインターリスク総研が分析し、ケーブルの設置状況や異常の可能性を点検レポートにまとめる。発電事業者が次の点検や補修を判断できるよう、評価項目と見せ方まで設計して初めて、技術はサービスとして利用してもらえるようになる。
水中ドローンと地域の漁船を組み合わせる方法には、もう一つの可能性がある。海を熟知する漁業者が機体の操作や点検に携われば、その経験を設備の維持管理に活かせる。漁のない時期の収入源にもなる。洋上風力発電を地域の外から持ち込まれるだけの事業にせず、地域の人が運用にも関われる仕組みへ発展する未来を描いている。
-
人が潜る範囲を必要な場所に絞り、大がかりな専用船に頼る場面を減らす。海況に合わせて出航日や調査地点を組み替える。こうした現場の選択肢を増やすのが、水中ドローンがもたらす機動性だ。だが、実際の海で同じ品質のデータを安定して得るには、構想だけでは越えられない壁があった。
-
鈴木 恭平「発電設備の点検コストを下げるだけでなく、その先にある発電コストの低減までつなげていく。洋上風力発電のリスクアドバイザーとして、そこにこのサービスの価値があると考えています。」
-
「プロジェクトの立ち上げから、FullDepth社との連携や社内の部門間調整、会議の進行を担いました。技術、保険、営業。それぞれの専門性をつなぎ、一つのサービスとして形にすることが、私の役割でした。」
川上 将人
Chapter 3
最大の敵は、船酔い。
海上で挑んだ徹底検証
-
水中ドローンが実際に使えるか確かめる実証実験で、最も手強かったものは何か。実証に参加した川上は後に、「とにかく船酔いが一番きつかった」と語った。会議室でつくった計画を海で確かめる。そこで待っていたのは、資料には出てこない揺れと匂い、逃げ場のない船酔いだった。
「社内折衝や資金調達が大変だった、というような格好いい話ではなく、船酔いが一番きつかったですね」一見すると笑い話のようだが、そこには海上で行う実証実験の厳しさが表れている。船を止めて水中ドローンを降ろすと、波で船が揺れ、潮流で機体が流される。流されないよう推進力を上げれば、バッテリーを消耗する。撮影できる時間は限られるため、広い海底のどこを優先するのか、航路を絞らなければならない。天候、季節、潮の速さ、操作者の練度によって、同じ場所でも取得できるデータは変わる。
-
一見すると笑い話のようだが、そこには海上で行う実証実験の厳しさが表れている。船を止めて水中ドローンを降ろすと、波で船が揺れ、潮流で機体が流される。流されないよう推進力を上げれば、バッテリーを消耗する。撮影できる時間は限られるため、広い海底のどこを優先するのか、航路を絞らなければならない。天候、季節、潮の速さ、操作者の練度によって、同じ場所でも取得できるデータは変わる。
-
濁りが強ければ、カメラの映像はほとんど利かない。ソナーを使えば設備の位置は把握できるが、上から見た二次元のマッピングだけでは、崖状の地形やケーブルの位置を捉えにくいこともある。設定したルートを自動で進む航行も試したが、潮流の中では想定どおりに動かなかった。チームは海へ出るたびに、航路、撮影角度、機体設定、カメラとソナーの使い分けを調整した。
難しさは、海の中だけではない。日本では洋上風力発電自体がまだ新しく、発電事業者にも、運転開始後に何が起き、点検で何を確認すべきかという明確な答えはなかった。実証には、自治体や漁業協同組合などの協力も必要だ。誰に、どの順序で相談し、どの条件で海へ出るのか。水中ドローン点検を正式な検査手法としてどう位置付け、成果物に何を示すのか。技術と運用、制度を同時に考えなければならなかった。
-
実験しても、思うような結果が得られないこともあった。しかし、それも次の検証に生かせる重要なデータとなる。仮説を立て、海で確かめ、発電事業者と結果を検討し、また次の仮説を立てる。その積み重ねによって、チームは水中ドローンを実験段階の技術から、現場で使える点検サービスへと近づけていった。
-
山野辺傑「お客さま自身も、日本で洋上風力発電を手掛けるのは初めてです。仮説を立てて検証し、また仮説を立てて検証する。その繰り返しが一番大変でした。」
-
「まさか自分が漁船に乗り、水中ドローンの実証に立ち会うとは思っていませんでした。この仕事の面白さは、机上の分析だけでなく、現場へ出て確かめるところにあります。」
石長賢一
Chapter 4
海の底から広がる、
保険会社の可能性
-
洋上風力発電は、建設から運転まで大きな投資を伴う。設備の損傷や発電停止が起きた場合の損失も大きいため、保険は事業を安定して続けるための重要な備えとなる。一方で、その保険料も事業コストの一部だ。
発電事業者が採算性を高めようとすれば、保険料も見直しの対象になる。保険料だけを削れば、事故への備えが弱くなる。三井住友海上が目指したのは、保険料を下げるための競争ではなく、点検によって事故の可能性そのものを減らすことだった。
水中ドローンによる点検を定期的に行い、海底ケーブルの小さな変化をいち早く捉えられれば、大きな損害を防ぎ、必要な場所に点検や修理を集中できる。メンテナンス費用と保険料を合わせた事業全体のコストを抑え、洋上風力発電の安全性と採算性を両立させる。それが、点検サービスを保険と組み合わせる狙いだ。
だが、先行する欧州などと比べて、洋上風力発電にとって日本の海は台風や強い潮流など条件が厳しく、リスクを初めから見通すのは難しい。山野辺は「可能性のあるクリーンエネルギーの開発を、保険が足かせになって止めることがあってはならない」と語る。この言葉には、保険会社として洋上風力発電を引き受けるだけでなく、事業そのものが継続できる環境をつくりたいという思いが込められている。
水中ドローンによる点検を定期的に行い、海底ケーブルの小さな変化をいち早く捉えられれば、大きな損害を防ぎ、必要な場所に点検や修理を集中できる。メンテナンス費用と保険料を合わせた事業全体のコストを抑え、洋上風力発電の安全性と採算性を両立させる。それが、点検サービスを保険と組み合わせる狙いだ。
だが、先行する欧州などと比べて、洋上風力発電にとって日本の海は台風や強い潮流など条件が厳しく、リスクを初めから見通すのは難しい。山野辺は「可能性のあるクリーンエネルギーの開発を、保険が足かせになって止めることがあってはならない」と語る。この言葉には、保険会社として洋上風力発電を引き受けるだけでなく、事業そのものが継続できる環境をつくりたいという思いが込められている。
-
技術と運用が安定すれば、水中ドローンの技術は洋上風力発電以外にも、ダム、港湾設備、海底配管など、人が潜って点検してきたさまざまな場所へ応用できる。危険な作業を減らし、人が確認すべき場所を絞ることで、設備と産業の安定につながるはずだ。もっといえば、保険会社が蓄積してきた事故データやリスクを見抜く力に、スタートアップの先端技術を掛け合わせれば、できることは水中ドローンに限定されない。これまで見えなかったリスクを可視化し、事故や損失が生じる前に、新しい解決策をつくることができるだろう。
保険を提供するだけでなく、社会や企業の挑戦をサポートするための仕組みまで生み出していく。海の底から始まったこのプロジェクトは、損害保険の可能性が、あらゆる産業、あらゆる社会課題へ広がっていくことを示している。
-
大倉直哉「保険を提供するだけでなく、リスクを下げる役割も一緒に担う。そうすることで、日本の再生可能エネルギーの普及と安定稼働を、保険会社の立場から強く支えられると思っています。」